ぶーしゃかLOOP (by yasuyukiINFO)
“スラムダンクの井上雄彦さんは熊本の高校でバスケをしていたらしいです。
私の時代にも有名だった、ある強豪校の監督に教わっていたらしく、
その人が安西先生のモデルだという噂がありました。
でも、さすがに噂は噂、なかなか確かめようがないんですが、
うちのチームの美人マネージャーの先輩が、
ものすごく天然というか、ものすごく恐いもの知らずで、
その監督に会ったとき「安西先生のモデルの人ですか?!」と聞いたそうです。
で、さすがの強面の監督も、その単刀直入ぶりにびっくりして
案外にこやかに「そうだよ。彼はね…」と話しだしてくれたそうです。
それを聞いた当時の私たちは異常な興奮を覚えてましたねぇ…。”
平均的27歳女子より、入るモノ
“【「お客さんが予想した通りのことをやってるだけ。それはお客さんが優位に立つってことだからね。
……そうするとお客さんは喜ぶわけよ。
でも、誤解されがちだけど、そういうベタな笑いのほうが腕がいるんだよ」
——志村けん(コメディアン)】”
活字中毒R。 - 志村けん「お客さんが予想した通りのことをやってるだけ」
『週刊現代Special(8月4日増刊号)』の「各界トップランナー30人が語った、いまこそ胸に刻みたい一流の言葉」より。
“【戸田奈津子:「ちょっと話戻るけど、今の好きなこと。若い方へのアドバイスを」
山田玲司:ぜひ
戸 田:「すごいいい話があんのね。ジム・キャリーなんですよ。ジム・キャリーが来たときに、ほんとに今でも忘れませんけど、あの人は今名優になりました。コ メディじゃなくてお芝居もする。最初は『マスク』かなんか。顔面芸っていうの? へんな顔つくって笑わしたでしょう。日本に来て記者会見でその顔面芸を披 露したの。隣で、顔の皮膚がゴムみたいなんですよ。で、自由自在に伸びたりして、いろんな顔。で、ハンサムなのあの人。スラーっとかっこよくって、それが ああいうふうなおどけた顔をするわけです。で、もうほんとに信じられない顔になるわけ。そうだもんで、私が記者会見が終わって、どうしrてあなたの顔って よくゴムみたいに動くの? って言ったら、僕は子供のときから外になんか遊びに行かないでほんとに物心ついたときからバスルームの鏡の前で百面相つくって たっていうの。それが好きだったの彼は。親にはもちろんそんな馬鹿なこやめろって怒られたって。やめろやめろって。彼は好きだからやめなかった。親がね、 あんまりやめないからある日、この子はこれが好きって。親がよかったのはもう止めなくなって、面白い顔だねって褒めてくれるようになった。もちろん彼は喜 んでやるわけですよ。それで今の芸になるわけですよ。そのとき彼はこう言ったの。『あなたの才能は親が心配するようなことにあるかもしれない』
山田:あぁいいですねえ。
戸 田:「いいでしょう〜。そういうふうに子供が言ってもらったらどんなに勇気づけられる? それ聞いて、今でも忘れない。十何年も前だけど。親が心配する、 人殺しとかそういうのはいけないよ。だけど人に迷惑かけるんじゃなくて、親が心配するようなこと。誰も褒めない、鏡の前で百面相なんか。でもそれがひとつ の芸になってトップスターになったんだからね。数学が得意とか絵がうまいとかそういう才能じゃないわけ。そんな人は何万人に1人。凡人はですね、好きなこ とを、親も心配するようなそういうものがもしかしたら花開くかもしれないですよ。それは今でも忘れません」】”
“昔、ゲージュツ家のクマちゃんこと篠原勝之さんが、
たいへん具体的にビンボーだったころに、
そのビンボーさを機知に富んだ笑いに変えていました。「俺は経済的菜食主義者だからよ」だとか、
「肉は二本足のものまでなんだ」とか、
「ほんとはまずいもの食うのは、
医者に止められてるんだ」であるとか、
忘れられない名作がいっぱいあります。「清貧の思想」みたいなことの、
”
正反対の場所にいて、とてもかっこよかったです。
クマちゃんが、信じるに足ると認めた人からでないと、
酒やめしをおごることは許されてませんでした。
「貧」を愉快に語ることはあっても、
「清」に結びつけたりはしませんでした。
“ぼくがすきな
まちをすきな
きみがすき
(尼崎市/1986/中島らも)
※7月26日は中島らもさんの命日”
“橋下府知事が幼稚園訪問し、「あまりテレビばかりみとらんで、勉強せいよ」と言ったら、
園児が「はしもてはん、テレビなかったら知事になっとらんで」と切り返したと。”
“二度目にほめられたのは、7、8年後のことでした。
なにかと時間がかかるタイプではあります。
そのときのコピーは、西武百貨店の新聞広告のキャッチフレーズで、
自転車を買った。
でした。夏のヴァカンスがテーマで、今年は自転車がブームだから、
自転車中心で、というテーマにあっけないほど忠実な、
わるく言えば何の加工もしていないコピー。それを救ってくれた
のは、あきらかに、永倉智彦さんというデザイナーの才能でした。
当時の永倉さんは、どんなコピーでもぜったいMB101で
デザインし、どんなコピーでもじぶんの世界に引きこんでしまう、
いま思えばふしぎなデザイナーでした。いまもふしぎなことに
変わりはありませんが、そのころは抜き身の刀のようでした。
じつを言えば、このときは、書いても書いてもオーケーが出ず、
さいごはもうなにを書けばいいかわからない事態にまで
追いつめられていた。こっそり安藤さんに相談し、コピーを
見てもらってもいたのです。そのなかからぎりぎり絞りだした
コピーがこれでした。これで通りました、安藤さん!
と報告すると、「ともかくも、いいコピーに決まってよかった」。
安藤さんはそう言ったのです。はんぶんは、ねぎらいの言葉
だったように思います。”
28年前のこと
“ある日、あるひとが僕に近づいてきて、こう言ったのです。
「あのコピー、きみが書いたの? おもしろいねぇ」
とつぜんの、一瞬の、居合い抜きみたいな、ほめ言葉。
僕はとまどって、なんにも言えないままそのひとの後ろ姿を
目で追いかけました。ただそのひとことを言うためだけに
やってきて、言い終わるや去っていった。そんな風情に見えました。
そのひとが安藤隆さんでした。入社して何ヶ月かたっての
できごとです。そのときのコピーは、12年ぶりに、子年ですね。
というもので、毎年、お正月に発売されるサントリーオールドの、
”
いわゆる干支ボトルという、年賀用の商品のコピーでした。
12年でひとまわりする干支ですから、12年ぶりなのはあたりまえの
ことなのですが、12年に1度しかない稀少性を言おう、というのが、
このコピーの意図でした。ただ、子年に限らず、すべての干支は
12年に1度なわけで、それをわざわざ12年ぶりなどと
もったいつけて言うことは、2度と使えない禁じ手のようにも
感じていました。安藤さんの「おもしろいねぇ」は、
たぶん、そのあたりのナンセンスさかげんを指してのことだった
のではないかと想像します。
28年前のこと